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灯火の番
灯火の番
Penulis: 上守葉

第零話 夜の帳は暁紅がはらえ

Penulis: 上守葉
last update Terakhir Diperbarui: 2025-11-30 04:16:19

 雨の降っている夜だった。

 ざぁざぁと身体を打つ冷たい雨に混じって、男の身体から血が流れ出していく。

 かろうじて吐き出される息は白く染まり、その身が冷え切っているのがわかった。

 雨除けの外套は、すっかり油が落ちて少しも水を弾かない。

 嗚呼あぁ自分はこのまま死ぬのかと、男はぼんやりと、刀を握ったままの己の手を見つめて、思う。

 ようやく死ぬことができる。

 死を赦されなかったこの身にも、ようやく。

 男が細めた目は、虹彩がないかのように真っ白だった。

 生まれつきの、色のない瞳。

 明るい日差しの中ではものを見る事も困難なこの目が、男は大嫌いだった。

 瞳だけではない。

 髪もまた老人のように白く、男が生まれると同時に、母は命を落としたと聞く。

 自分を育ててくれた名家の主の言葉を聞いて、男はただただ、己の存在を呪った。

 だからだろう。刀を持つ事になんの違和感も、疑問も抱きはしなかった。

 夜の闇に住まう怪異なら、この陽の光に弱い身体でも殺すことが出来る。

 呪われた自分でも、明るい日の本で暮らす人々を守る事が出来るのだ。

 ──このまま、夜闇に溶けてしまえたら。

 真逆の色である己が夜に溶けるなんてことは出来そうにもないが、それでもそんな事を思う。

 誰も自分を知らないうちに。

 誰にも心を傾けぬうちに。

 そうやって死にたいと、思ったのだ。

「だいじょうぶ?」

 そのままどのくらいジッとしていただろう。

 失血と寒さで目蓋を開く事すら覚束おぼつかず、しかし閉じた目蓋の上からも明るくなり始めた事がわかる。

 そこに一筋かかる、影。

「ねぇ、いきてる?」

 目を開くのにも相当な時間を必要としたが、男はなんとか目を開けた。

 途端に入り込む朝焼けに、目と頭に酷い痛みが走る。

 血を失いすぎたのだろうか。それとも、やはり陽光がいけないのか。

 男には、それを判別するだけの体力すら、もう残っていなかった。

「……こんな時間に、お外にいては、いけない、よ……」

「もうあかるくなってきたから……」

夜住よすみの残りが、影にいるかも、しれない、からね……」

「よすみ……?」

 それでも、何とか肺から息を絞り出して影に声をかける。

 肺は凍ったように寒くて、痛くて。

 それでも、恐らく子供であろう眼前の影に向かって、男は目を細めながら笑いかけた。

 男の目には、その子の姿は最早見えない。

 子供は、怪異の名すら知らぬ幼子か、それとも夜住よすみなどという名を聞かぬ程には平和な場所に住んでいるようだ。

 それは、何より。

 親に大事に守られている証拠だと、男は安堵した。

 夜の闇に潜んで人を襲う怪異など、夜には眠る子供は知らないままの方がいい。

 それが、健全な人の営みというものだ。

 この帝都では、その夜の闇をどんどん人が開拓し始めていて、だからこそ夜住に襲われて死ぬ者が増えた。

 その怪異から人を守る事が、男の生きる意味でもあったけれど。

「しんじゃだめだよ」

 子供が、小さくてあたたかな手を、男の頬に当てた。

 男は何とかうっすら開いていた目を閉じて、すぅと深く、息を吸う。

 あたたかい。

 こんなにあたたかいものには、しばらく触れていなかった。

 触れられても、いなかった。

「ねぇ、しなないで」

 さっきまでの冷たい雨とは違うあたたかい水の雫が、ぽたりぽたりと、男の頬に落ちてくる。

 あぁ涙すらもあたたかいのかと、男は不思議な心地になった。

 死ぬ前にあたたかなものに触れられたことは、生まれてから唯一の僥倖だと、男はうっすら笑みを浮かべる。

 この子のような子供が生きる世界を、少しでも守れたのなら──それだけで、よかった。

 最早、刀を掴む手には、力は入っていなかった。

 しかし子どもの手が、そっと男の手に重ねられる。

 まだ死ぬ事を赦さぬとでも言うような、小さいわりに力の強いてのひら

 その熱に、男はまたゆっくりと、目を開いた。

「あ、起きた」

 開かれた男の目に、すっかり見慣れた赤い瞳が入ってくる。

 ほんの少し驚いてきょとんと目を丸くすれば、赤い瞳は呆れたように細められた。

 大きくなったこの子は、もうすっかり生意気な顔をする。

「どしたの。何か用事?」

「用事? じゃないでしょう。稽古つけてくれるって言ったじゃないですか」

「あぁ、もうそんな時間? ハルくんと和穗かずほちゃんは?」

「もうすでに道場に居ますよ。アンタが最後です」

「そかそか」

 それじゃ行こうか、と籐の椅子から立ち上がれば、子どもの赤い瞳がちょっとだけ歪む。

 子ども子どもと言うが、出会った頃が子どもだっただけで、彼はもう二十を数える歳になった。

 自分よりは随分下だが、それでももう立派な一人の男だ。

 ──あの時黒かった瞳も、今や立派に赤く染まった。

 じきに当主を引き継ぐ、己のつがいの色。

 男は、先を歩く子どもだった青年の後頭部の髪を、意味もなくクシャリと乱してやった。

 そんな突然の動作にも、すっかり慣れきった彼は驚くどころかため息しか零してくれない。

 あの夜瀕死だった己を担いで、泣きながら母に助けを求めていたちいちゃな子どもは、もう居ない。

「面倒なんで、悪戯しないで下さいよ……とばり先生」

「んふふ、わかってるよ。宗一郎そういちろう様」

 わざと様を付けて呼んでやると、嫌そうに顔を歪める所は小さい頃から変わっていないのに。

 それでも彼はもう腰に二本の刀をける程になったのだと思うと、どうにも複雑な気持ちだった。

上守葉

ファンタジー+和風アクション+ホラーという、サイトとしてはかなりの異色作ではありますが、頑張って更新して参ります。 よろしければ応援、お願い致します。

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